…ということにようやく気づいた。「再結成ライヴ、怒濤の2008年」に、ですよ。ポリスもフーも、結局行かなかった。で、あとから届いた写真を見ても「まぁ行かなくても良かったのかな」という気もする。ただのヤセ我慢ですか? 行った人は口々に絶賛しているのですが。「リアルタイムで知らないから、生で見たい」という熱い気持ちは人一倍だったはずなのですが。今でもあるんだけど。
さて。尊敬する人が生きたように生きなくてもいい、ということがはっきりと分かってきた。…いや、むしろ良くないことなんじゃないかと。
ひさしぶりに彼の人の伝記(ゴシップ付)を紐解いてみたら、やっぱり、ぞっとするようなほど似ていることがある。これからだって、どうしても自分と重ねてしまうだろう。「あなただったらどうする?」と頭の中で心を預けることだってあるだろう(わたしが生まれたとき、すでに故人だったのです)。だけど、それは、同じ人生を生きるのとは別だよな、ということが、かつてないほどはっきりしている。客観的にそう思えたというか。
ちょっと前に、緒形拳さんの人生の終え方について、三國連太郎さんが批評していた。みんな一斉に俳優魂をもてはやすなかでの、「ちゃんと病気と向き合えば、もっとお客さんに演技を見せられたじゃないか」といった風な発言。この人でなければ言えないだろう。だからってどっちがどうではない。でも、こういう批評をしてくれる人がいるというのは、幸せなことだなーと思う。
ほたての貝柱を炊き込みごはんの具にしたおにぎりを昼に食べた。かなり美味しかったので、いろいろと家でも応用できるのではないかと。さきいかとかスルメとか。ごはんが進んで困るかも。